2025.07.26

着物・織物
2025.07.26
着物は、ただの衣服ではありません。千年以上にわたり、日本の気候・風習・階級制度の変化とともに進化してきた文化の象徴です。たとえば、平安時代の十二単や江戸時代の町人の小袖など、着物はその時代の暮らしや価値観を映し出しています。本記事では「着物の歴史」に焦点を当て、飛鳥時代から現代までの着物の変遷をわかりやすく解説します。今、ご自宅に眠っている古い着物が、どの時代のもので、どんな背景を持っているのか——そんな疑問を解消しながら、日本の文化を再発見できる内容をお届けします。
目次
着物の起源は、飛鳥・奈良時代にまでさかのぼります。当時は中国大陸から伝わった「漢服(かんぷく)」の影響を受けながら、日本独自の衣服文化が形成され始めました。この時代の衣服は「直線裁ち」が基本。布を無駄なく使い、体型に合わせて調整できるという機能的なデザインが特徴です。
男女ともに「小袴(こばかま)」や「褌(ふんどし)」「衣(ころも)」といった構成で、今の着物とは異なる点も多いですが、この直線的な裁断方法こそが、のちの着物の原型となります。
平安時代になると、着物は一気に華やかさを増します。とくに有名なのが「十二単(じゅうにひとえ)」です。これは、宮中の女性が着用していた格式高い装束で、重ね着の美しさが重視されていました。「襲(かさね)の色目」と呼ばれる色彩の組み合わせには、四季や自然の情景が反映され、視覚的な美を競い合う文化が花開きます。
また、貴族男性の装束も豪華で、身分や役職によって着物の色や模様に厳格なルールがありました。この時代、着物は「装いを通じて教養や感性を示す文化的ツール」として確立していきます。
鎌倉時代に入ると、武士階級が台頭し、実用性を重視した衣服が主流となります。戦場での動きやすさを考慮し、袖の幅が狭くなった「小袖(こそで)」が登場。小袖は、もともと下着的な位置づけでしたが、上着として着られるようになっていきます。
室町時代には、武家礼法に基づく格式ある衣装「直垂(ひたたれ)」なども広まり、身分に応じた着物のスタイルが確立されました。素材には麻や絹が使われ、文様には家紋や縁起物があしらわれるなど、現在の着物にも通じる意匠が見られるようになります。
江戸時代は、着物が庶民文化に深く根付いた時代です。経済が安定し、町人が力を持つようになると、おしゃれや個性を楽しむ文化が花開きます。小袖が一般に広まり、柄や色にこだわった着物が数多く登場。絞り染めや友禅染など、装飾技法も発展しました。
また、幕府の「奢侈禁止令(しゃしきんしれい)」により、あえて地味な色で洒落を競う「粋(いき)」の美学も誕生。裏地や見えない部分に凝った柄を使うなど、外見だけでなく内面の美も重視されました。
この時代、季節や場面によって着物を着分ける習慣も根づき、現在の「訪問着」「留袖」「喪服」などの基礎が形づくられていきました。
明治維新により西洋文化が一気に流入すると、政府高官や軍人などは洋装を着用するようになり、着物は日常着から「伝統衣装」へと役割を変えていきます。とくに女性の間では、和装と洋装が混在する時期が続き、「袴+洋風ブラウス」など、独自のスタイルも登場しました。
また、冠婚葬祭や公式行事では、着物が「正装」として位置づけられ、紋付や留袖、振袖などの形式が定着します。この時代に着物はより形式化され、TPOに応じた装いが求められるようになりました。
高度経済成長を経た昭和中期以降、生活の効率化が重視され、着物は日常から遠ざかります。代わって「特別な場で着る服」として、結婚式や成人式などのイベントに限定されるようになります。
それでも、「着物=日本らしさ」というイメージは根強く、家族写真や行事で着るために仕立てる人は多くいました。平成以降は、レンタルやリサイクル市場も成長し、手軽に着物を楽しめる環境も広がっていきます。
現在、着物は形式張ったものから、自由で創造的なファッションアイテムとして再評価されています。レトロな着物を日常に取り入れる「カジュアル着物」スタイルや、洋服とミックスしたコーディネートなど、新しい着方が若い世代にも広まっています。
また、着物で街歩きが楽しめる観光地や、気軽に着付けが学べる教室も人気。ライフスタイルの中に着物を取り入れる動きは、今後ますます活発化していくでしょう。
SDGsの観点からも注目されるのが「着物のリユース」です。古い着物を再利用して洋服やバッグに仕立て直す「着物リメイク」は、環境にもやさしく、世界でも注目を集めています。
また、骨董価値のある着物は、アンティーク着物としてコレクターに高く評価されることも。一見古びた着物が、実は時代背景や職人技が詰まった「文化遺産」である可能性もあるのです。
これらの着物の名称と形式は、時代ごとに少しずつ変化しながら受け継がれています。
色や柄、素材はその時代の美意識や価値観を色濃く反映します。たとえば、江戸時代には藍色や茶系が好まれた一方で、明治以降は化学染料の登場により、鮮やかな色使いも増えていきます。
柄では、季節を象徴する花(桜・菊・梅など)や、吉祥文様(鶴・亀・松竹梅など)が時代を超えて人気。素材も、麻から絹へ、そして現代ではポリエステルまで多様化しています。
古い着物の「証紙(しょうし)」には、産地や織元、技法などが記されています。これをもとに、着物がどの時代・地域のものかをある程度推定できます。
また、家紋の種類や配置、縫製方法などからも時代を読み解く手がかりが得られます。もしお手持ちの着物にこうした情報が残っていれば、一度専門家に鑑定を依頼するのもおすすめです。
価値ある着物かどうかは、状態、技法、素材、産地、作家物かどうかなど多角的に判断されます。金箔・刺繍・手描き友禅などの技法が使われていれば、骨董的価値が高まります。
保存の際は、湿気・虫・日焼けに注意。風通しの良い場所で保管し、定期的に状態をチェックしましょう。将来的な売却も視野に入れて、証紙や付属品は捨てずに保管することが大切です。
着物は、単なる衣服ではなく、日本の歴史と文化を映す鏡です。その時代の暮らし、価値観、美意識をまとうように、着物の形や模様は移り変わってきました。
手元にある一枚の着物にも、きっと語るべき“物語”があるはずです。着物の歴史を知ることで、その価値を見極め、より大切に扱うことができるでしょう。もし古い着物の整理や活用に迷っているなら、専門家に相談するのも一つの選択です。